退職金の増税はあるのか——「勤続20年の崖」見直し議論の現在地
老後資金の柱である退職金には、勤続年数が長いほど手厚くなる退職所得控除という強力な非課税枠があります。この仕組みの見直し——いわゆる「退職金増税」の議論が、2023年の骨太の方針への明記と「サラリーマン増税」批判による後退を経て、いまも税制改正の宿題として残っています。本体の見直しは3年連続で見送りとなった一方、外堀にあたる改正はすでに始まっており、次の節目は2026年12月中旬に決まる令和9年度税制改正大綱です。決まっていること・決まっていないことを切り分け、仮に見直された場合の税額を勤続年数別に試算します。
・退職所得控除そのものの縮小はまだ決まっていない(令和6〜8年度と3年連続見送り)。
・ただし外堀の改正は進行中——iDeCoとの控除調整「10年ルール」は2026年1月から施行済み。
・仮に「勤続20年超の優遇」が平準化されると、勤続30年・退職金1,500万円で約23万円の負担増という規模感(後述の試算)。
・いま慌てて退職する話ではなく、自分の控除額と受け取り方の設計を知っておくのが正しい備えです。
現行制度のおさらい——退職金の税金はなぜ軽いのか
退職金は給与と合算されない分離課税で、しかも次の2段構えで税負担が軽くなるよう設計されています[国税庁 No.1420]。
| 勤続年数 | 退職所得控除の額 |
|---|---|
| 20年以下 | 40万円 × 勤続年数(最低80万円) |
| 20年超 | 800万円 + 70万円 ×(勤続年数 − 20年) |
たとえば勤続38年なら控除は2,060万円。厚生労働省の就労条件総合調査では大学卒の定年退職給付は平均で約1,900万円ですから[厚労省 就労条件総合調査]、平均的な会社員は定年の退職金にほぼ税金がかからないのが現行制度です。基本の計算や手取り額は退職金の税金の計算方法と退職金の手取り早見表で詳しく解説しています。
何が問題とされているのか——勤続20年で変わる「傾き」
論点はただひとつ、控除の単価が勤続20年を境に40万円から70万円へ跳ね上がることです。同じ1年働いても、勤め先を変えずに21年目を迎えた人の非課税枠は70万円増え、転職してカウントがリセットされた人は40万円ずつしか積み上がりません。
政府税制調査会は2023年6月の中期答申で、この格差が転職やキャリア形成をゆがめている可能性を指摘し、「支給形態や労働市場の変化を踏まえた見直し」を課題に挙げました[政府税制調査会]。終身雇用を前提にした税制が、転職が当たり前になった時代に合わなくなっている——という理屈自体には一理あります。
ただし働く人の側から見れば、これは老後の生活原資への課税強化と表裏一体です。税と社会保険料を合わせた国民負担率がすでに4割台後半で推移する中(国民負担率の国際比較)、「公平にする」の名目で控除だけが削られれば、現役時代に重い負担を払い終えた人の最後の受け取りが目減りします。見直すなら移行への配慮と減税側の手当てが伴うか——ここが監視ポイントです。
議論の経緯——明記、炎上、そして3年連続見送り
- 2023年6月政府税制調査会の中期答申が退職所得課税の見直しを課題として指摘。直後の骨太の方針2023(閣議決定)に「退職所得課税制度の見直しを行う」と明記される[骨太の方針2023]。
- 2023年夏「サラリーマン増税」との批判が急拡大。政府・与党は火消しに回り、議論はトーンダウン。
- 2023〜2025年12月令和6年度・7年度・8年度の税制改正大綱で、本体の見直しは3年連続見送り。負担増の議論を避けたと報じられる[日本経済新聞]。
- 2026年1月外堀の改正が施行——iDeCo一時金を先に受け取る場合の控除調整が「5年ルール」から「10年ルール」へ延長(受け取り順番の解説)。
- 2026年12月中旬令和9年度税制改正大綱。労働市場改革の宿題として残る本体見直しの、次の判断の節目。
勤続5年以下の役員には2分の1課税が適用されず、勤続5年以下の従業員も控除後300万円超の部分は2分の1が使えません(短期退職手当等)。さらに2026年からの10年ルールで、iDeCoと退職金の「控除の二重取り」も狭まりました。本体の控除見直しだけが残された状態で、方向としては縮小に向かう圧力が続いていると見るのが自然です。
もし平準化されたら、税金はいくら増えるか(試算)
改正案はまだ存在しないため、議論でよく例示される「1年あたり一律40万円」への平準化を仮定して、税額の変化を試算します(退職金以外の所得なし・2分の1課税は維持・所得税+復興特別所得税+住民税10%で計算)。
| ケース | 現行の税額 | 一律40万円なら | 負担増 |
|---|---|---|---|
| 勤続25年・退職金1,200万円 | 約3.8万円 | 約15.1万円 | +約11万円 |
| 勤続30年・退職金1,500万円 | 0円 | 約22.7万円 | +約23万円 |
| 勤続38年・退職金2,000万円 | 0円 | 約38.5万円 | +約39万円 |
| 勤続38年・退職金2,500万円 | 約34.5万円 | 約105.4万円 | +約71万円 |
※あくまで一例の仮定にもとづく試算です。実際に見直される場合の水準・経過措置は未定で、勤続20年以下の人はこの仮定では税額が変わりません。現行制度での自分の税額は退職金の手取り早見表で確認できます。
平準化には「転職しても不利にならない」という減税側の面もあります。勤続12年で転職を2回した人は、現行では控除が40万円×年数ずつしか積めませんが、単価が引き上げられて平準化されるなら(例:一律50万円など)むしろ有利になる設計もあり得ます。大綱で見るべきは「単価をいくらに置くか」と「いつから・誰に適用するか」の2点です。
いまできる備え——慌てず、まず設計を知る
結論から言えば、見直し観測を理由に退職時期を動かすのは本末転倒です。改正はまだ案すらなく、仮に決まっても通常は施行日以後に支払われる退職金からの適用です。それよりも、いま確実に効くのは次の3つです。
- 自分の控除額を知る——勤続年数(端数切上げ)から退職所得控除を計算し、退職金の見込み額と比べて「課税が発生するライン」を把握する。
- iDeCoとの受け取り順を設計する——2026年施行の10年ルールで、iDeCo一時金→退職金の間隔設計の重要度が上がりました。受け取り順番の記事で自分のパターンを確認。12月にはiDeCoの拠出限度額も変わります(iDeCo2026年改正)。
- 12月の大綱をチェックする——税制改正の決まり方と読みどころは令和9年度税制改正要望の記事にまとめています。退職金に関する記述が入るかが最初の分岐です。
今日やること
- 勤続年数から自分の退職所得控除額を計算する(20年以下は40万円×年数、20年超は800万円+70万円×超過年数)
- 会社の退職金規程・確定拠出年金の残高で受取見込み額を確認し、控除額と並べてみる
- iDeCoに入っている人は受け取り順番を確認する
よくある質問
退職金の増税はもう決まったのですか?
決まっていません。退職所得控除本体の見直しは令和6〜8年度の税制改正で3年連続見送られました。ただしiDeCo一時金との控除調整(10年ルール)など周辺の改正は2026年1月から施行済みで、次の節目は2026年12月中旬の令和9年度税制改正大綱です。
見直されたら誰の負担が増えますか?
議論で例示される「1年あたり一律40万円への平準化」を仮定すると、影響を受けるのは勤続21年以上で、退職金が控除額に近いか上回る人です。勤続20年以下の人はこの仮定では変わりません。試算では勤続30年・退職金1,500万円で約23万円、勤続38年・2,500万円で約71万円の負担増になります。
増税される前に退職したほうがいいですか?
おすすめしません。改正案はまだ存在せず、決まった場合も通常は施行日以後に支払われる退職金から適用されます。退職時期の判断材料にするより、自分の退職所得控除額とiDeCoの受け取り順を設計しておくほうが確実に効きます。
参考リンク(出典)
本記事は次の一次情報・報道をもとに作成しています。見直しの内容・時期は未定であり、今後の大綱・法案で変わります。
- 国税庁 No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得)
- 内閣府 経済財政運営と改革の基本方針2023(骨太の方針2023)
- 内閣府 税制調査会
- 財務省 税制改正の概要(各年度の大綱・法律)
- 厚生労働省 就労条件総合調査(退職給付の実態)
- 日本経済新聞 退職金課税改正を3年連続で見送り(2025年11月)
※本記事は一般的な情報提供であり、税務アドバイスではありません。退職金の税額は受け取り方・他の所得・自治体で変わります。具体的な判断は税務署または税理士にご相談ください。
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