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- 公開。オーストリア憲法裁判所の報道資料(2007年3月・6月)、オーストリア国会の審議経過と政府法案資料(2008年)・議会通信(2026年2月25日)、オーストリア財務省の税収実績(2007年)と不動産取得税のページ、ドイツ連邦憲法裁判所の報道資料(2007年・2014年)、OECD「Inheritance Taxation in OECD Countries」(2021年)、国税庁の路線価・乖離の実態・区分所有財産の評価通達・非上場株式評価の有識者会議資料・令和6年分申告事績、最高裁令和4年4月19日判決、令和8年度税制改正の大綱をもとに作成
オーストリアには相続税がありません。2008年8月1日に失効しました。きっかけは2007年3月7日の憲法裁判所の判決です。争点は税率でも税収でもなく、不動産の評価額が実勢と大きくずれ、同じ価値の財産でも税額が人によって違うことでした[オーストリア憲法裁判所 2007年3月7日 報道資料]。2026年10月、この話がXで1,000件を超える共感を集めました。「翻って日本の路線価やタワマンの評価はどうなのか」という問いとセットで。
ただし、判決を読むと通説と少し違います。裁判所は「相続税そのものは合憲」とし、評価の直し方を立法府に委ねました。廃止を選んだのは議会です。同じ年に同じ理由で違憲判決を受けたドイツは、廃止せずに評価を直しました。日本はいま、評価と時価の差を縮める方向に動いています。3か国の分かれ道を、一次資料で追います。
何が違憲とされたか:1973年の評価額を3倍しただけの課税標準
オーストリアの相続・贈与税は、不動産を「統一評価額(アインハイツヴェルト)」で評価していました。問題は、その評価額の基準年です。農地・林地は1988年、それ以外の不動産は1973年の全国評価が最後で、そこに一律3倍を掛けた額を課税標準にしていました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 判決 | 2007年3月7日(相続税・事件番号 G 54/06ほか)、2007年6月15日(贈与税・G 23/07ほか) |
| 違憲とされた規定 | 相続・贈与税法1条1項1号(死亡による取得への課税)と同2号(生前贈与への課税) |
| 理由 | はるか昔の評価額を一律3倍しても土地の値動きを反映しない。地域や物件によって実勢との差がばらつき、平等原則に反する |
| 裁判所が合憲とした点 | 相続税という税目そのもの。不動産を統一評価額で評価する方式そのもの |
| 猶予期限 | 2008年7月31日まで。それまでに法律を直さなければ、8月1日から課税できなくなる |
裁判所は、評価の規定だけを消すと不動産が金融資産と同じ基準で課税されて別の不公平が生まれるとして、課税の根拠条文ごと取り消しました。その上で「直すかどうか」を議会に委ねたのです[同 贈与税判決の報道資料]。
なぜ廃止を選んだか:税収は国の0.24%、30人で税収の4分の1
社会民主党と国民党の大連立政権は、評価を直す案ではなく「2008年8月1日以降は徴収しない」案を国会に出し、2008年6月6日に可決しました。賛成は与党2党、反対は緑の党・自由党・未来同盟です[オーストリア国会 贈与届出法2008 審議経過]。
- 税収が小さかった:2007年の相続・贈与税収は1億5,520万ユーロで、国の税収646億9,520万ユーロの0.24%でした[オーストリア財務省 2007年税収実績]。
- 負担が偏っていた:2006年の相続約8万件のうち97%は7万3,000ユーロ未満で、この層が税収の44%を払っていました。100万ユーロ超を相続した30人だけで税収の約4分の1を占めたという分析もあります(経済研究所の研究者による論文)。
- 政府の説明:「法律を直しても事業承継の障害は消えず、憲法上の疑義も残り得る」「廃止で中小企業の立地としての魅力が高まる」[同 政府法案説明資料]。
廃止による減収は平年度で相続税8,000万ユーロ・贈与税6,000万ユーロと見込まれました。代わりに3つの仕組みが入っています。
| 2008年以降の仕組み | 内容(現行) |
|---|---|
| 不動産取得税 | 相続・贈与で受け取る不動産にも課税。家族間・無償の取得は段階税率で、25万ユーロまで0.5%、次の15万ユーロは2%、40万ユーロ超は3.5%。課税標準は2016年から「土地評価額」(簡便な算式・統計平均価格の71.25%・鑑定の3択)[オーストリア財務省 不動産取得税の税率] |
| 贈与の届出義務 | 親族間は1年で計5万ユーロ、他人間は5年で計1万5,000ユーロを超える贈与を税務当局に届け出る(税はかからない) |
| 財団設立時の課税 | 私的財団に財産を入れるとき2.5%。2026年から3.5%に引き上げ |
結果:18年たっても復活していない。2026年2月にも復活動議が否決
- 社会民主党は2023年に「生涯100万ユーロまで非課税、100万〜500万ユーロは25%、500万〜1,000万ユーロは35%」の復活案を出しましたが、2024年総選挙後の国民党・社会民主党・ネオスの連立協定(2025年)には入りませんでした。
- 2026年2月25日、緑の党の復活動議は国民議会で否決されました。他のどの会派も賛成せず、財務相(社会民主党)は「実を結ぶとすれば次の任期」と述べています[オーストリア国会 2026年2月25日 議会通信]。
- 経済協力開発機構によると、加盟国で相続に課税しているのは24か国。廃止した国はオーストラリア(1979年)・カナダ(1972年)・ニュージーランド(1992年)・スウェーデン(2004年)・オーストリア(2008年)・ノルウェー(2014年)・チェコ(2014年)など。課税している国でも税収は平均で総税収の0.5%です[OECD 相続課税報告書 2021年 要約]。
世界の相続税の全体像は世界の相続税を比較してみたで整理しています。
ドイツは同じ判決を受けて「直した」:違憲判断は廃止を意味しない
ドイツ連邦憲法裁判所は2006年11月7日、相続税法を基本法3条1項(平等原則)違反としました。理由はオーストリアと同じで、事業用資産・不動産・農林業資産の評価が時価から離れ、資産の種類で負担が変わることです。裁判所は2008年12月31日までの改正を命じ、ドイツは2009年1月1日施行の改正法で評価を時価に寄せました[ドイツ連邦憲法裁判所 2007年1月31日 報道資料]。
2014年12月17日には、事業用資産の優遇が広すぎるとして再び違憲判断が出ましたが、このときも2016年の改正で対応しています[同 2014年12月17日 報道資料]。
翻って日本:差は「設計」の部分と「ばらつき」の部分に分かれる
日本の相続税も、土地は時価ではなく路線価で評価します。路線価は公示価格の80%程度を目安に国税庁が毎年定め、固定資産税評価額は70%が目安です[国税庁 令和7年分の路線価等について]。この2割の差は全国一律の設計で、オーストリアの「1973年の評価額を3倍」とは性格が違います。
問題になってきたのは、差が物件によってばらつく部分です。
| 財産 | 評価額と時価のずれ(一次資料の数字) | 国の対応 |
|---|---|---|
| マンション | 市場価格は評価額の平均2.34倍(2018年)。約65%の物件で評価額が市場価格の半額以下[国税庁 乖離の実態 2023年] | 2024年1月から「評価乖離率」で補正し、市場価格の6割を下限に引き上げ[国税庁 居住用の区分所有財産の評価] |
| 借入で買った高額不動産 | 購入13億8,700万円・通達評価3億3,370万円・申告税額0円の事案で、国税が鑑定12億7,300万円で更正 | 最高裁が2022年4月19日に国税の勝訴を確定。通達と時価の差だけでは足りず「他の納税者との看過しがたい不均衡」があれば総則6項で時価評価できる[最高裁 令和4年4月19日判決] |
| 貸付用不動産 | 相続直前の購入で評価を下げる手法が続いた | 2027年1月以降の相続から、死亡前5年以内に買った貸付用不動産は通常の取引価額で評価(取得価額ベースの80%も可)[令和8年度税制改正の大綱] |
| 非上場株式 | 類似業種比準価額の中央値は純資産価額の27.2%(会計検査院が1,600件を検査) | 国税庁が2026年4月に有識者会議を設置し、評価の「崖」と「恣意性・操作性」の解消を検討中[国税庁 非上場株式の評価に関する有識者会議 第1回資料] |
最高裁の2022年判決は、平等原則を「通達より高く評価されない権利」として認めつつ、節税目的の購入で他の納税者と不均衡が生じる場合は例外とした判決です。総則6項が実際に使われたのは2015〜2024年分で27件(不動産13件・株式14件)にとどまります。一方で税理士会と公認会計士協会は、どの場合に例外が使われるのか「納税者の予測可能性」を確保するよう求めています。
つまり日本の方向は、オーストリアとは逆です。評価と時価の差を縮めることで公平を保とうとしており、廃止は政府税調でも議題になっていません。相続税の課税割合は2024年分で10.4%、税収は年3兆5,000億円前後で国の税収の4%強を占めます。0.24%だったオーストリアと同じ答えを選ぶには、桁が2つ違います[国税庁 令和6年分 相続税の申告事績の概要][財務省 令和7年度 租税及び印紙収入 補正予算の説明]。
日本の読者に関係すること:評価の「ずれ」で節税する余地は毎年狭くなっている
- タワーマンションの高層階:2024年以降の相続では評価が市場価格の6割まで引き上げられ、以前の「3分の1評価」は使えません。仕組みは消えた節税スキーム列伝で追っています。
- 相続直前の不動産購入:2027年1月からは5年ルールが入ります。それ以前でも、借入と購入が節税目的と見られれば総則6項の対象です。富裕層の手法がどう効くかは富裕層の相続税対策の仕組みに整理しています。
- 自社株:評価方法の見直しが進行中で、方式が変われば税額が数倍動く可能性があります。現行の仕組みは非上場株式の取得と評価の税金をどうぞ。
- 土地:路線価の見方は路線価2026、固定資産税側の評価替えは固定資産税の評価替え2027で解説しています。
オーストリアの判決が示したのは「評価がばらつく税は公平ではない」という原則で、その先の「廃止か改正か」は各国の政治が決めました。日本では改正と通達が年1本のペースで続いています。相続対策は、いまの評価ルールではなく2〜3年後のルールを前提に組むのが安全です。
まとめ
- オーストリアの憲法裁判所は2007年、1973年の評価額を3倍しただけの不動産評価を平等原則違反とし、2008年7月31日までの猶予を付けた
- 相続税そのものは合憲とされたが、議会は直さずに失効を選んだ。税収は国の0.24%、100万ユーロ超の相続30人で税収の約4分の1だった
- 廃止後も相続した不動産には不動産取得税(0.5〜3.5%)がかかり、2026年2月の復活動議も否決された
- 同じ理由で違憲判断を受けたドイツは2009年と2016年に評価を改正し、相続税を残した
- 日本はマンション評価の6割下限(2024年)、総則6項の最高裁判決(2022年)、貸付用不動産の時価評価(2027年)で差を縮める方向。課税割合10.4%・税収3.5兆円の日本で廃止は議題になっていない
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参考リンク(出典)
- オーストリア憲法裁判所「相続税判決(G 54/06ほか)報道資料」(2007年3月7日・PDF・ドイツ語)・同「贈与税判決(G 23/07ほか)報道資料」(2007年6月・PDF・ドイツ語)
- オーストリア国会「贈与届出法2008(549 d.B.)審議経過」・同 政府法案説明資料(PDF・ドイツ語)・同 議会通信 2026年2月25日
- オーストリア財務省「2007年 税収実績」・同「不動産取得税の税率」・同「課税標準(土地評価額)」
- ドイツ連邦憲法裁判所「相続税法の違憲決定(1 BvL 10/02)報道資料」(2007年1月31日)・同「事業用資産の優遇に関する判決(1 BvL 21/12)報道資料」(2014年12月17日)
- OECD「Inheritance Taxation in OECD Countries」要約(2021年・PDF)
- 国税庁「令和7年分の路線価等について」・同「相続税評価額と市場価格の乖離の実態」(2023年・PDF)・同「居住用の区分所有財産の評価について」(令和5年9月28日)・同「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議 第1回資料」(2026年4月・PDF)・同「令和6年分 相続税の申告事績の概要」(PDF)
- 最高裁判所 令和4年4月19日 第三小法廷判決(令和2年(行ヒ)第283号)
- 財務省「令和8年度税制改正の大綱」(PDF)・同「令和7年度 租税及び印紙収入 補正予算の説明」(PDF)
※オーストリアの納税者数と負担の分布は経済研究者の論文(2007年)によるもので、公式統計では確認していません。本記事は各国の制度を事実にもとづいて紹介するもので、制度の優劣や政策を評価するものではありません。相続税の個別の判断は税理士・税務署にご確認ください。









