経費を先に集計し、所得控除を足し、納税額が「支払える金額」になるように収入を逆算して申告する——そんな申告を6年以上続けていた職人がいました。税務署の答えは、重加算税(35〜40%)と、時効を7年に延ばしての追徴です。ところが国税不服審判所は重加算税を取り消し、遡れる期間は5年に縮み、古い2年分の追徴はまるごと消えました。税務調査ファイルの第6回は、「悪質」という言葉が法律の上ではどこで線引きされるのかを、この裁決から読みます。
事案:兄弟でやってきたタイル職人
タイル工事業を営む兄弟の兄が主人公です。仕事の発注元は1社だけ。兄が自分の屋号で弟の施工分もまとめて請求し、代金は兄が管理する妻名義の口座に全額振り込まれ、弟には兄弟間で取り決めた単価で現金を渡していました。
兄の申告は独特でした。まず経費の合計を出し、所得控除を足し、納税額が支払える金額になるように収入金額を決めて申告していたのです。申告した収入は実際より4割前後少なく、消費税は無申告でした。
税務調査の結果、税務署は「売上は全額兄のもの」「隠蔽・仮装がある」として重加算税を賦課し、「偽りその他不正の行為」があるとして時効を7年に延ばして追徴しました。兄は再調査の請求を経て審査請求で争い、約1年後、裁決が出ます。
争点は3つ。結果は1勝2敗ならぬ「2勝1敗」
この裁決では3つの争点が判断されました。先に結果をまとめます。
| 争点 | 税務署の主張 | 審判所の判断 |
|---|---|---|
| 売上は誰のものか | 全額が兄のもの | 税務署の勝ち。全額が兄に帰属 |
| 重加算税(35〜40%) | 隠蔽・仮装がある | 兄の勝ち。要件を満たさず取消し |
| 7年遡及 | 「偽りその他不正の行為」がある | 兄の勝ち。5年に縮み、古い2年分は全部取消し |
「収入を4割伏せて、納税額から逆算して申告していた」と聞けば、誰もが「悪質」と感じるはずです。それでも重加算税が取り消された理由に、この制度の核心があります。
なぜ重加算税が取り消されたのか
国税通則法68条の重加算税は、過少申告そのものとは別に「隠蔽または仮装」と評価できる行為があって初めて課せます。わざと少なく申告しただけでは足りない——これが確立した解釈です(最高裁平成7年4月28日判決は、積極的な工作がなくても「当初から過少申告を意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動」があれば足りるとしますが、逆に言えばそこまでは必要です)。
税務署が「隠蔽・仮装」の証拠として挙げたのは4つでした。審判所は1つずつ潰していきます。
売上を妻名義の口座に振り込ませていた
名義を装って事実をわい曲する行為は「仮装」に当たる。
隠していない
兄は調査の初日に、売上先は1社だけで代金は妻名義の口座に入ると自分から説明していた。しかもその口座の売上を(過少ではあるが)申告していた。口座の存在を隠したとはいえない。
実際の収入を知りながら、「支払える金額」から逆算して申告していた
6年以上、収入を意図的に少なく調整し続けた一連の行動が「特段の行動」に当たる。
それは「意図的な過少申告」にすぎない
どれも兄が意図的に過少申告したことを示す事情ではあるが、過少申告そのものとは別の「隠蔽・仮装の積極的な行為」ではない。「支払える金額」に基準や根拠すらなく、収入を調整する具体的な手順があったともいえない。
整理するとこうなります。帳簿を偽造する、書類を捨てる、架空の名義を使う——「隠す工作」があれば重加算税。工作がなく、ただ少なく書いて出しただけなら、どれほど意図的でも過少申告加算税(または無申告加算税)まで。第1回で見た「売上の書類だけ捨てた」事案(重加算税になった人とならなかった人)と同じ線が、ここでも引かれています。
重加算税が消えると、7年が5年に縮む
この裁決の実利は、むしろこちらです。税務署が更正・決定で遡れる期間は原則5年。ただし「偽りその他不正の行為」で税を免れた場合だけ7年に延びます(国税通則法70条)。
そして「偽りその他不正の行為」とは、税の賦課徴収を不能または著しく困難にする偽計その他の工作を伴う行為をいい、工作を伴わない単なる過少申告は当たらない——重加算税と同じ理屈です。審判所は重加算税を否定した同じ理由で7年遡及も否定しました。
| 年分 | 税務署の処分 | 裁決後 |
|---|---|---|
| 古い2年分(6〜7年前) | 7年遡及で更正+重加算税 | 期間制限違反で全部取消し(本税ごと消滅) |
| 直近5年分 | 更正・決定+重加算税 | 本税は維持。重加算税は取消し、過少申告加算税・無申告加算税相当額に減額 |
重加算税の取消しは、単に加算税の率が35%から10%に下がるだけではありません。「悪質」の認定が崩れると、古い年分は本税ごと消える。加算税の判定と時効の判定が同じ物差しでつながっているからです。
ただし、兄は「勝った」わけではない
読み方を誤らないための確認です。兄の最大の主張——「売上の36%は弟のものだ」——は退けられました。
兄弟はそれぞれ発注元と契約書を交わし、下請業者の編成表にも別々に載っていました。形式は「独立した2人の職人」です。それでも審判所は実態を見ました。請求は兄が一括、入金は兄の管理口座、弟の取り分は兄弟間の口約束の単価だけ、請求額と見込みの差額(変動リスク)は全部兄持ち、道具も弟の駐車場代も兄が負担。これでは弟は「発注元の取引先」ではなく「兄の下請」であり、売上はいったん全額兄のもの——所得税法12条(実質所得者課税の原則)の判断です。名義と実態がずれたときに実態で課税される構造は、第3回・名義借りの店と同じです。
もうひとつ。兄は帳簿を保存していなかったため、所得は推計課税(所得税法156条・同業者の利益率から逆算する方法)で計算され、審判所もその合理性を認めました。帳簿がないと、実額での反論そのものができなくなります。
発注元の社長の証言も助けになりませんでした。社長は調査時に「弟は兄の弟子であって取引先ではない」と述べ、3日後に質問応答記録書で内容を確認して署名。ところが再調査段階で「弟も取引先だ」と証言を変えます。審判所は「多忙だったから」という変遷理由を退け、当初の記録書を重く見ました。
署名した質問応答記録書の重み(第1回参照)は、味方の証言にも同じように働きます。この裁決から持ち帰れること
| よくある理解 | 実際 |
|---|---|
| 「わざと少なく申告したら即・重加算税」 | 故意の過少申告だけでは足りません。過少申告とは別の「隠す工作」(書類の破棄・偽造・架空名義など)が要件です |
| 「重加算税は加算税が重くなるだけ」 | 「偽りその他不正の行為」の認定と連動し、時効が5年から7年に延びます。逆に認定が崩れれば古い年分は本税ごと消えます |
| 「家族間の取り分は口約束で十分」 | 請求・入金・リスク負担の実態で帰属が決まります。書面も請求書もないと、全額が代表者1人の売上と認定されえます |
| 「帳簿がなければ税務署も計算できない」 | 同業者の利益率から推計課税されます。帳簿の不存在は防御をなくすだけです |
念のため添えると、審査請求で納税者の主張が何らか認められる割合は17.9%(令和6年度・693件)です。この事案でも本税5年分と無申告加算税は残っており、「争えば覆る」話ではありません。争点を条文の要件に当てて選別できたことが、取消しにつながっています。
今日やること
- 家族・兄弟と一緒に仕事をしているなら、取り分の取決めを書面にする。単価・割合・支払方法を1枚にし、支払の記録(振込か領収書)を残す。実態を証明できる形が、帰属認定の分かれ目です。
- 請求書と帳簿を7年保存する。推計課税に実額で反論できる唯一の材料です。青色申告なら65万円控除もついてきます。
- 「重加算税です」と言われたら、どの行為が「隠蔽・仮装」なのか説明を求める。過少申告の事実と故意だけでは要件を満たしません。納得できなければ3か月以内に不服申立てができます。
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よくある質問
Q. わざと収入を少なく申告したら、必ず重加算税になるのですか。
A. なりません。重加算税(過少申告なら35%・無申告なら40%)は、過少申告そのものとは別に「隠蔽または仮装」と評価できる行為があることが要件です。この裁決でも、収入の4割前後を6年以上伏せて「支払える金額」から逆算した申告を続けていた事案で、隠す工作がないとして重加算税が取り消されました。ただし過少申告加算税・無申告加算税と延滞税は課されます。
Q. 税務調査では何年前まで遡られますか。
A. 原則5年です。「偽りその他不正の行為」で税を免れた場合だけ7年に延びます(国税通則法70条)。この認定は重加算税の隠蔽・仮装とほぼ同じ物差しで判断されるため、重加算税が取り消されると7年遡及も崩れ、6〜7年前の年分は期間制限違反で本税ごと取り消されます。
Q. 家族名義の口座に売上を入金していると重加算税になりますか。
A. 名義を使って売上の存在を隠したと評価されれば仮装に当たりえます。ただしこの裁決では、本人が調査初日に口座の存在と入金の流れを自分から説明し、その口座の売上を申告にも載せていたため、隠蔽・仮装には当たらないとされました。口座名義そのものより、「隠す工作があったか」で判断されます。
Q. 兄弟や夫婦で一緒に仕事をしている場合、売上は誰のものになりますか。
A. 契約の名義ではなく実態で決まります(所得税法12条・実質所得者課税の原則)。誰が請求し、誰の口座に入金され、誰が価格変動のリスクを負い、誰が道具や経費を負担しているかを総合して「経営主体」が認定されます。取り分の合意を書面にし、支払記録を残しておかないと、全額が1人の売上と認定されることがあります。
Q. 帳簿をつけていないとどうなりますか。
A. 税務署は同業者の利益率などから所得を推計して課税できます(所得税法156条)。この裁決でも帳簿の保存がなかったため推計課税が行われ、審判所もその合理性を認めました。帳簿がないと実額での反論ができず、青色申告の特典も受けられません。
Q. 重加算税の処分に納得できないときはどうすればいいですか。
A. 処分を知った日の翌日から3か月以内に、税務署への再調査の請求か国税不服審判所への審査請求ができます。審査請求で主張が何らか認められる割合は17.9%(令和6年度)と高くはありませんが、この事案のように要件を条文に当てて争えば覆ることがあります。手数料は無料です。
参考リンク(出典)
本記事の事案は公的機関が匿名化して公表している資料に基づいています。国税不服審判所の裁決は著作権法13条3号により権利の目的とならず、同所ウェブサイトのコンテンツは「公共データ利用規約(第1.0版)」に準拠しています。
※ 本記事は一般的な情報提供を目的としています。加算税・不服申立ての判断は事案ごとに異なります。実際の対応は税務署または税理士にご相談ください。
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