「エンジェル税制」は、創業まもないスタートアップに投資した個人や、自分でスタートアップを起こす人の税負担を大きく軽くする制度です。投資した金額をその年の所得や株式の売却益から差し引けるうえ、2023年に新設された「プレシード・シード特例」「起業特例」では最大20億円が“繰延べ”ではなく非課税になりました。一方で投資先はハイリスク。この記事では、4つの類型の違い・対象要件・確定申告・損失が出たときの救済まで、出典つきで整理します。
① エンジェル税制は投資した「年」に税優遇が受けられる制度。類型は優遇措置A・優遇措置B・プレシード/シード特例・起業特例の4つ[国税庁 No.1544]。
② 優遇措置Aは(投資額−2,000円)を総所得から控除(上限は総所得×40%と800万円の低い方)、優遇措置Bは投資額全額を株式譲渡益から控除(上限なし)。
③ プレシード・シード特例/起業特例(2023年〜)は株式譲渡益から控除し、20億円までは取得価額の調整なし=非課税(免除)、超過分は繰延べ[経済産業省]。
④ 注意:優遇措置A・Bや特例は原則「課税の繰延べ」で、売却時に取得価額が下がり課税される(特例の20億円までだけが真の非課税)。優遇措置Aの所得控除は所得税のみで住民税には及ばない。
⑤ 投資先が失敗しても、損失は3年間繰り越せる救済がある。
4つの類型の比較
| 類型 | 控除のしかた | 上限・非課税 | 主な対象(目安) |
|---|---|---|---|
| 優遇措置A | (投資額−2,000円)をその年の総所得から控除 | 総所得×40%と800万円の低い方が上限 | 設立5年未満の小規模スタートアップ |
| 優遇措置B | 投資額全額をその年の株式譲渡益から控除 | 上限なし(ただし繰延べ) | 設立10年未満等 |
| プレシード・シード特例 | 投資額全額を株式譲渡益から控除 | 20億円まで非課税(超過分は繰延べ) | 設立5年未満などより早期のスタートアップ |
| 起業特例 | 自分が設立する会社への自己資金の出資額を譲渡益から控除 | 20億円まで非課税(超過分は繰延べ) | 自らスタートアップを設立する人 |
優遇措置AとB(プレシード・シード)は、どちらか一方を選択します。一般に「所得が高く譲渡益が少ない年」はA、「大きな株式譲渡益が出た年」はB・特例が有利になりやすい、という関係です。
2023年改正のキモ:「繰延べ」から「非課税」へ
ここが最重要ポイントです。従来のエンジェル税制(優遇措置A・B)は、投資時に控除を受けても、その分だけ株式の取得価額が引き下げられ、将来売却したときに課税されます。つまり「課税の繰延べ」でした。
- 優遇措置A・B:投資時に控除 → 売却時に取得価額が調整され課税(繰延べ)。
- プレシード・シード特例/起業特例(2023年〜):20億円までは取得価額の調整がなく、控除した分がそのまま非課税(免除)に。20億円を超える部分のみ繰延べ[経済産業省]。
たとえば、保有株を売って1億円の譲渡益が出た年に、その1億円をプレシード特例の対象スタートアップへ再投資すれば、1億円の譲渡益への課税(約2,031万円)が消える計算になります(20億円の枠内なら将来も追われない)。「上場株や事業売却で得た利益を、次世代のスタートアップへ非課税で回す」設計です。
対象になるスタートアップの要件(詳しく)
「スタートアップなら何でも対象」ではありません。投資先はすべての類型に共通する要件に加え、類型ごとの設立年数・事業の要件を満たし、都道府県・経済産業局の確認を受ける必要があります[中小企業庁]。
(1) すべての類型に共通する企業要件
- 中小企業者であること(未上場・未登録の株式会社)。
- 外部資本比率が一定以上:特定の株主グループ(創業者やその親族・関係法人)以外からの投資が、発行済株式の6分の1以上(優遇措置A・B)。プレシード・シード特例では20分の1以上に緩和。
- 大規模法人グループの所有に属さない(資本金1億円超などの大規模法人1社に1/2超、複数で2/3超を保有されていない)。
- 風俗営業等に該当する事業を行っていないこと。
- 金銭の払込みにより新たに発行される株式を取得すること(投資契約の締結)。
業種による違い(中小企業者の判定・除外業種)
控除額や事業要件そのものは業種を問いませんが、「中小企業者かどうか」の判定基準は中小企業基本法に基づき業種で異なります(資本金・従業員数のどちらか一方を満たせばOK)[中小企業庁]。
| 業種 | 資本金 | 従業員数 |
|---|---|---|
| 製造業・建設業・運輸業 その他 | 3億円以下 | 300人以下 |
| 卸売業 | 1億円以下 | 100人以下 |
| サービス業 | 5,000万円以下 | 100人以下 |
| 小売業 | 5,000万円以下 | 50人以下 |
- 設立まもないスタートアップは通常この基準を満たします(資本金を大きくしすぎた・従業員が多い場合のみ要注意)。
- 風俗営業等(性風俗関連特殊営業)は対象外。また金融・保険業など、そもそも中小企業基本法の「中小企業者」に当てはまらない業種も対象になりません。
- 事業要件(試験研究費の割合/売上高成長率/研究者・新事業活動従事者)は全業種共通ですが、満たしやすい要件は業種で変わります。研究開発型は「試験研究費」、急成長するサービス・IT型は「売上高成長率25%超」、人材集約型は「研究者・新事業活動従事者2人以上」で満たすのが現実的です。
(2) 優遇措置A(設立5年未満)の事業要件
優遇措置Aは上記に加え、設立5年未満・営業キャッシュフローが赤字(最初の事業年度を経過している場合)で、さらに設立経過年数に応じた次の事業要件のいずれかを満たす必要があります。
| 設立経過年数 | 満たすべき事業要件(いずれか) |
|---|---|
| 1年未満(最初の事業年度未経過) | 研究者または新事業活動従事者が2人以上、かつ常勤の役員・従業員の10%以上 |
| 1年未満(事業年度経過)〜2年未満 | 上記、または試験研究費等が収入金額の3%超 |
| 2年以上〜3年未満 | 試験研究費等が収入金額の3%超、または売上高成長率が25%超 |
| 3年以上〜5年未満 | 試験研究費等が収入金額の5%超 |
(3) 優遇措置B(設立10年未満)の事業要件
優遇措置Bは設立10年未満(営業CF赤字は要件ではない)。事業要件は、設立1〜2年未満は「研究者・新事業活動従事者2人以上かつ10%以上、または試験研究費等3%超」、2年以上5年未満は試験研究費等5%超または売上高成長率25%超、5年以上10年未満は試験研究費等5%超、というように年数に応じて定められています。
(4) プレシード・シード特例(より早期)
20億円非課税の対象。設立5年未満かつ営業損益が赤字(0未満)などの「ごく初期」の要件を満たすスタートアップが対象で、前述のとおり外部資本比率が20分の1以上に緩和されます[経済産業省]。
(5) 起業特例(自分で設立する場合)
同じく20億円非課税。自分が設立した設立1年未満の会社で、特定新規中小企業者の要件等を満たすものへの自己資金の出資が対象です。設立年の12月31日時点で要件を満たすことの確認を受けます。
(6) 投資する個人(あなた)側の要件
- 金銭の払込みで対象企業の株式を取得すること(現物出資や他人からの買い取りは対象外)。
- 投資先の同族株主等でないこと(既に大きな持株割合を持つ経営者・親族などは対象外。起業特例は例外的に発起人本人が対象)。
- 投資事業有限責任組合(ファンド)経由でも適用可。
対象企業かどうかの調べ方
- 株式投資型クラウドファンディング(FUNDINNOなど)では、案件ごとに「エンジェル税制 優遇措置A/B/プレシード・シード」適用の有無が明示されます。個人が少額から参加しやすい入口です。
- 個別企業に直接投資する場合は、その企業が都道府県・経済産業局の確認(事前確認・確定確認)を受けているか、確認書を発行できるかで判断します。要件の最新の数値は中小企業庁の要件ページ・経産省の申請ガイドラインで確認してください。
確定申告と必要書類
- エンジェル税制は確定申告が必須(年末調整では受けられません)。
- 投資先企業が都道府県・経済産業局に要件確認を申請 → 「確認書」などが発行され、投資家へ交付されます。
- 投資家は確定申告で、確認書・株式異動状況明細書・投資契約書の写しなどを添付して申告します。
- 起業特例は、設立した会社が「設立年12月31日時点で要件を満たす」確認を受け、その確認書を発起人が申告時に提出します。
- 申告の基本手順はe-Taxで確定申告するやり方を参照。書類が多く判断も難しいため、金額が大きい場合は税理士への相談が安全です。
失敗したら?損失の救済(3年繰越)
スタートアップ投資は失敗(倒産・上場できず無価値化)の確率が高いのが現実です。エンジェル税制対象企業の株式が値下がり・破産等で損失になった場合、その損失はその年の他の株式譲渡益と通算でき、控除しきれない分は翌年以後3年間繰り越せます。利益が出たとき(投資時控除)も、損したとき(損失繰越)も手当てがある制度設計です。とはいえ「節税になるから」だけで投資判断をしないことが大原則。失う可能性のある余裕資金で臨むべき領域です(税メリット先行の投資の注意点)。
【当サイトの視点】見落としやすい注意点
- 住民税には及ばない部分がある:優遇措置Aの「総所得からの所得控除」は所得税のみで、住民税の計算には反映されません(B・特例の譲渡益控除は所得税・住民税の譲渡益課税の両方に効きます)。
- NISA・iDeCoとは別物:あちらは上場株・投資信託の非課税。エンジェル税制は未上場スタートアップへの投資・起業の優遇です(新NISAとは併用可)。
- 「繰延べ」を「節税」と誤解しない:優遇措置A・Bは将来課税される繰延べ。本当に消えるのは特例の20億円枠まで。
- 大きな譲渡益が出た年にプレシード特例へ再投資するのが、税メリットを最大化できる典型パターンです。
よくある質問
エンジェル税制とは何ですか?
創業まもないスタートアップに個人が投資した場合や、自らスタートアップを設立した場合に、投資額を所得や株式譲渡益から控除できる税制優遇です。優遇措置A・B、2023年新設のプレシード・シード特例・起業特例の4類型があり、特例では最大20億円が繰延べではなく非課税になります。
優遇措置AとBはどちらが得ですか?
Aは(投資額−2,000円)を総所得から控除(上限は総所得×40%と800万円の低い方)、Bは投資額全額を株式譲渡益から控除(上限なし)です。給与など所得が高く譲渡益が少ない年はA、大きな株式譲渡益が出た年はB・特例が有利になりやすいです。AとBは選択制です。
「20億円まで非課税」とは具体的にどういうことですか?
プレシード・シード特例と起業特例では、投資時に株式譲渡益から控除した分について、従来のように将来の売却時の取得価額を引き下げる調整が行われません。つまり控除した分がそのまま免除(非課税)になります。20億円を超える部分は従来どおり課税の繰延べです。
投資先が倒産したら税金面はどうなりますか?
対象企業の株式が値下がり・破産等で損失になった場合、その年の株式譲渡益と損益通算でき、引ききれない分は翌年以後3年間繰り越せます。ただし投資元本が戻るわけではないため、節税目的だけで投資しないことが大切です。
どんな会社がエンジェル税制の対象になりますか?
未上場の中小企業で、創業者グループ以外からの投資が6分の1以上(プレシード・シード特例は20分の1以上)あり、大規模法人グループに属さず、風俗営業等でないことが共通要件です。加えて、優遇措置Aは設立5年未満かつ営業CF赤字+設立年数に応じた研究者・試験研究費・売上成長率の要件、優遇措置Bは設立10年未満の要件を満たす必要があります。対象かは都道府県・経済産業局の確認で決まり、株式投資型クラウドファンディングでは案件ごとに適用が明示されます。
業種によって対象は変わりますか?
控除額や事業要件そのものは業種を問いませんが、2つの点で業種が関係します。1つは「中小企業者」の判定基準で、製造業は資本金3億円以下/従業員300人以下、卸売業は1億円・100人、小売業は5,000万円・50人、サービス業は5,000万円・100人と業種で異なります(どちらか一方を満たせばOK)。もう1つは除外で、風俗営業等は対象外、金融・保険業など中小企業者に当てはまらない業種も対象になりません。なお試験研究費・売上高成長率などの事業要件は全業種共通ですが、業種により満たしやすい要件が変わります。
関連コラム
- 株とNISAの確定申告(株式譲渡益・損益通算)
- 会社設立の費用(起業特例を使う前提)/開業ガイド
- 「節税スキーム」はなぜ潰されるのか(税メリット先行の投資への向き合い方)
データの出典
- エンジェル税制の概要・4類型・繰延べ/非課税:国税庁 No.1544 エンジェル税制の概要等
- 優遇措置・プレシード/シード特例・起業特例(20億円非課税):経済産業省 エンジェル投資に対する措置/経済産業省 エンジェル税制
- 要件・手続き(確認書・申請):経済産業省 エンジェル税制申請ガイドライン(2025年改訂)
※本記事は一般的な情報提供・制度解説であり、特定の投資の推奨や税務・投資助言ではありません。要件・上限・手続きは改正されることがあり、対象企業かどうかの判断も個別に必要です。適用にあたっては経済産業局・都道府県・税理士にご確認ください。




